インスタで踊る整体師を見て、先生が黙ってスマホを閉じた理由を、私は知っている

ビーオンウェブ代表の大木です。

先生は、あの動画を何秒で閉じましたか。

夜、最後の患者さんを見送って、片付けを終えて、ようやく座れた時間。何気なくInstagramを開いたら、リール動画が流れてきた。トレンドの音楽に合わせて、整体師が笑顔で踊っている。テロップには「骨盤矯正ビフォーアフター!」の文字。カメラ目線で、軽やかに、楽しそうに。

再生回数は数万回。コメント欄には「行きたい!」「予約しました!」が並んでいる。

先生は、何も言わず、画面を閉じたはずです。

怒ったのでもない。呆れたのでもない。ただ、静かに閉じた。その数秒間に、どれほどの感情が詰まっていたか。私にはわかるつもりです。

あのとき先生が飲み込んだ言葉を、代わりに記します。

“時代に乗れない自分が悪い”──その自己否定は、誰に植え付けられたのか

あの動画を見たとき、先生の中に最初に湧いたのは、怒りではなかったはずです。

もっと静かで、もっと厄介な感情。「自分にはこれができない」という自己否定です。

動画を撮ればいいのはわかっている。顔を出せば信頼が上がるのもわかっている。でも、自分が音楽に合わせて踊っている姿を、あの患者さんに見せたくない。毎週通ってくれている、あのおばあちゃんに見せたくない。──「わかっているけど、できない」。

この“わかっているけど”の部分に、先生を苦しめている本当の毒があります。

心理学者エドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した「自己決定理論」(Deci & Ryan, 1985)は、人間のモチベーションには「自律性」──自分の行動を自分で選んでいるという感覚──が不可欠だと示しています。「やりたいからやる」と「やらなきゃいけないからやる」では、同じ行動でも心の消耗がまるで違う。先生が踊る動画に感じる違和感は、自分の自律性を脅かされていることへの正当な反応です。

問題は、先生の能力ではありません。「SNSで顔を出して発信できること=マーケティング力がある」という、たったひとつの物差しが業界全体に蔓延していることです。

そして、その物差しを無自覚に押し付けてくる人たちがいます。

マーケティングセミナーの講師は言います。「先生もリール動画やりましょうよ。今やらないと置いていかれますよ。」Web業者の営業は言います。「顔出しが信頼につながります。まずは自己紹介動画から始めましょう。」同業者のSNSには、「フォロワー1,000人突破!」の報告が流れてくる。

これらの言葉を浴びるたびに、先生は自問しているはずです。「自分が時代遅れなのか」と。

そして答えが出ないまま、スマホを閉じる。

あの画面を閉じた瞬間、先生は「負けた」と思ったかもしれません。

でも、私はそう思いません。

その集客法は、先生の”手”を持たない人のためのものだ

ひとつ、冷静に考えてみてください。

SNSで「踊って集客する」手法が機能するには、いくつかの前提条件があります。施術者自身がカメラの前で自然に振る舞える性格であること。撮影や編集に割く時間と労力を確保できる体制があること。スタッフがいる、あるいは施術の予約数を絞っている、といった環境です。そして何より、サービスの差別化ポイントが「技術」ではなく「人柄やキャラクター」であること

これは良い悪いの話ではありません。ビジネスモデルの違いです。

SNSで成果を出している治療院もあります。それは素晴らしいことです。しかし、それが唯一の正解ではない。

国家資格を持つ先生が何千時間もかけて磨いてきた「手の技術」は、15秒のリール動画では伝わりません。むしろ、伝えてはいけないものだと私は思います。なぜなら、その技術の価値は、実際に身体に触れて初めてわかるものだからです。動画で”映える”ことと、患者さんの痛みを取ることは、まったく別の能力です。

ビフォーアフターの「映え」と、法的リスクの現実

もうひとつ、冷静に見ておくべきことがあります。

先ほどの「骨盤矯正ビフォーアフター!」のような投稿。あれは”映える”前に、法に触れている可能性が高いのです。

前回の記事でも触れましたが、あはき法第7条は施術の効果に関する広告表現を厳しく制限しています。さらに、厚生労働省の「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(医療広告ガイドライン)」の考え方に準じれば、施術前後の写真を用いた比較広告は、誤認を与えるおそれのある表現として問題視される可能性があります。

それを平然とやっている。そして、バズっている。取り締まられる気配もない。

先生がこの景色を見て感じるのは、「ルールを守っている自分が損をしている」という、制度への深い不信感でしょう。前回の記事で書いた構造的な不均衡が、ここでも顔を出しています。

ただ、ここで一つ申し上げたいのは、そのリスクを承知で避ける誠実さこそが、先生の院の「品格」を形作っているということです。安易なビフォーアフターで瞬間的に集客できても、法的リスクという爆弾を抱え込む。そちらを選ばなかった先生の判断は、短期的には損に見えて、長期的には正しい。

「先生もリール動画やりましょう」と言うだけの業者の正体

問題は、この土俵の違いを無視して、「全員がインフルエンサーになれ」と煽るマーケティング業界の構造にあります。

少しだけ、私自身の話をさせてください。

独立する前、私はまさにそういった類いのマーケティング会社に勤めていたことがあります。東京の綺麗なオフィスから、クライアントの現場を一度も見ることなく、テンプレートの企画書を送り、「投稿頻度を上げましょう」「リール動画を撮ってください」と電話で指示を出す。そういう仕事です。

どうしても、自分の価値観と合いませんでした。

先生の院に足を運んだこともない人間が、先生に「踊れ」と言う。先生の患者さんがどんな痛みを抱えて通っているかも知らない人間が、「もっと明るい雰囲気の投稿にしましょう」と言う。労力の大半をクライアントに背負わせて、自分たちは指示を出すだけ。企画を考えるのも、カメラの前に立つのも、顔を出す恥ずかしさに耐えるのも、全部先生の仕事です。業者は「投稿してください」と言うだけでいい。

その構造がどうしても嫌で、辞めて、独立しました。それが今のビーオンウェブです。

先生に「踊れ」と言う業者は、先生の手の価値を理解していません。理解していたら、そんなことは言えないはずです。

“顔出ししたくない”は、先生の最大の強みかもしれない

ここまで読んで、少し救われた気持ちになった先生がいるかもしれません。でも、もう一歩踏み込みます。

先生の「踊りたくない」「顔出ししたくない」という感覚は、時代遅れでも頑固でもありません。その感覚には、名前があります。

「自分の技術を、エンターテインメントとして消費されたくない」という職人の矜持です。

患者さんの身体に触れ、痛みと向き合い、時に回復しない現実にも立ち会う。ぎっくり腰で動けない人の背中にそっと手を当て、「大丈夫ですよ」と声をかける。そういう仕事を何年も何十年も続けてきた人間が、画面の前で笑顔で踊ることに違和感を覚えるのは、むしろ健全な感覚です。

そして、ここが重要なのですが、患者さんの側にも「踊る先生に診てもらいたくない」と思っている人が、確実に存在します

これは、私自身のことでもあります。

私には交通事故によるむち打ちの後遺症があり、慢性的な腰痛もあります。つまり私自身が、先生方の院を「患者として選ぶ側」の人間です。

正直に言います。行こうと思っていた院が、キラキラしたInstagramの投稿やリール動画で溢れていたら、私は別の院に切り替えます。

理由は単純です。そういう発信に時間を割いている院よりも、研究や施術そのものに重きを置いている先生のところに自分の身体を預けたい。後遺症と向き合いながら通院している人間にとって、院選びは「楽しそうかどうか」ではなく、「この先生に任せて大丈夫かどうか」です。

ビフォーアフターの写真をInstagramに載せている院を見ると、先ほど書いた法的リスクの問題以前に、「法律の境界線を軽く見ているのではないか」という不安のほうが先に来ます。その一線を越えないでいる先生の誠実さのほうが、患者としての私には、よほど信頼できる。

こういう感覚を持っている患者は、私だけではないはずです。

本当に身体がつらい人。慢性の痛みに何年も悩んでいる人。交通事故の後遺症でリハビリを続けている人。そういう方が治療院を探すとき、求めているのは「面白い先生」ではありません。「信頼できる先生」です。

心理学者アブラハム・マズローの欲求階層説(Maslow, 1943)を持ち出すまでもなく、身体の痛みという「安全の欲求」が脅かされている人にとって、院に求めるのは「承認」や「自己実現」ではなく、「この人なら大丈夫だ」という安心感です。キラキラした発信は、その安心感とは別のレイヤーにある。

先生のプライドは、まさにその患者さんと先生を結びつけるフィルターとして機能しています。

先生が「やらない」と決めたことが、先生にふさわしい患者さんだけを引き寄せているとしたら。その選択は、弱さではありません。戦略です。

先生の”手”を、先生の代わりに語る仕事

では、踊らない先生は、どうやって患者さんに見つけてもらえばいいのか。

その問いに対する具体的な答えは、この記事では書きません。それは次回以降の記事で、しっかりとお伝えします。

ただ、ひとつだけ。

先生自身が発信しなくても、先生の技術と人柄を正しく伝える方法は存在します。それは先生がスマホの前に立つことではありません。先生はこれまで通り、患者さんの身体に向き合ってください。

発信の部分は、先生の「手」の価値を理解している人間が引き受ければいい。先生の治療院に足を運び、空気を感じ、先生の仕事を間近で見た人間が、先生の代わりに言葉と写真で伝えればいい。

東京のオフィスから電話で「リール撮ってください」と指示を出すのではなく、先生の院に実際に伺って、先生が何を大事にしているのかを自分の目で見て、そこから言葉を紡ぐ。私がこの仕事を選んだのは、そういうやり方がしたかったからです。

そういう方法が、あります。

先生があの夜、スマホを閉じたのは、「逃げた」のではありません。

「自分を安売りしない」と決めたのです。

その選択を、私は正しいと思います。そして、その選択をしたまま患者さんに届く道を、私は知っています。

先生の美学は、正しいです。


ビーオンウェブ 大木翔吾

ビーオンウェブ合同会社代表。MBA ろう者と聴者のプロ人形劇団デフ・パペットシアター・ひとみのプロデューサー/マネージャーとして活動する中で、日本各地の障がい者やその支援者と親交を深める。その後、ウェブマーケティング会社などの勤務を経て独立。ひったくりを捕まえて警察から表彰されたことも。
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